「一握の砂発刊百年記念フォーラム」に行ってきました

一握の砂発刊百年記念フォーラム
平成23年1月10日 盛岡市中央公民館
■ 第一部 講演:折口信夫から見た石川啄木
岡野弘彦先生

(要旨)
岡野氏は幼少期に若山牧水と石川啄木を読んでいた
折口は,金田一京助が國學院で教えていたとき教わっている。(注:1922年-1926年の間)

一握の砂の発刊時は折口はちょうど大学を終わったころであり,初判本を読んでいる。
本に記しを付けて読んでおり,批評も書いている。「安藤さん」という方がその原本を持っていたので,私(岡野)がそれを写した。当時コピーがない時代なので手で書き写した。

高山のいただきに登り
なにがなしに帽子をふりて
下り来しかな
                 ※ (ルビ)高山:たかやま    一握の砂「我を愛する歌」より
              
については,「石川氏の詩の大なるはここにあり」と評している。
普通なら意識にのぼらせない平凡で瞬間的なものを詠んでおりここに新芸術を見る。

(以下岡野の意見)
従来の和歌は,重い,日本人の心,魂を感じる。(それに比較して啄木は平凡なものを詠んでいることに良さがある。)

「アララギ」は,写実主義で自然が良い「あるものをあるがままに」詠んだ。

(しかし)万葉集以降,代々の歌は短歌を固定してこなかった。
(短歌は)人生の重い問題だけを表現するものではない。


何となく汽車に乗りたく思ひしのみ
汽車を下りしに
ゆくところなし

※ (ルビ)何:なに,下り:おり
      一握の砂「我を愛する歌」より
(というように)日常で表現されることなく忘れていくものを表現する。

どんよりと
くもれる空を見てゐしに
人を殺したくなりにけるかな

               一握の砂より

この歌については,折口は無点である。
折口の評によると,短歌は叙情詩である。情調を語る歌に「人を殺したく・・」のようなものは,よろしくない。

(以下岡野の意見)
歌の調べは「万葉集」から続くものであり,歌(短歌)は歌うものである。
―― 2・3の短歌を朗々と吟じる ――

戦後,塚本邦雄(注)らの前衛短歌においては,「韻律のあるものを歌わないと宣言」(注:未確認)しているが,これは伝統文化の衰えである。

塚本邦雄の有名な歌である
「馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ」(『感幻樂』)や
「日本脱出したし 皇帝ペンギンも皇帝ペンギン飼育係りも」(『日本人靈歌』巻頭歌) においても,それぞれ特有の韻律を持っている。



(注:ウィキより:塚本邦雄(つかもと くにお、1920年8月7日 - 2005年6月9日)は、日本の歌人、詩人、評論家、小説家。寺山修司、岡井隆とともに前衛短歌の三雄と称され、独自の絢爛な語彙とイメージを駆使した旺盛な創作を成した。)

(「韻律のあるものを歌わないと宣言」:詩人、大岡信との間で「前衛短歌論争」が行われる。この論争で語られている、「ガリバーへの献詞」という塚本邦雄のマニフェストで【短歌に於ける韻律の魔は単に七・五の音数だけでなく、上句、下句に区切ることによって決定的になる。極端な字余りや意識した初句及び第五句の一音不足も、又七・五に代って八・六調にしてもこの区切りで曖昧なレリーフを生みつつ連綿と前句と伝承して行く限り、オリーブ油の皮にマカロニを流しているような韻律からは脱出できない。歌人一般もそのメロディーに倦きつつある。僕は朗詠の対象になる短歌をつくりたくない。結果的には語割れ、句跨りの濫用になっても些も構うことは無い。】と言っている。)
出典:結社誌「短歌人」2007.4(未確認)http://www7b.biglobe.ne.jp/~nishiou/hyoron/1/teikokumodo.htmより引用




■第二部 パネルディスカッション

司会
    それぞれの立場から啄木を語っていただき,最後の「一握の砂」のなかの好きな歌を紹介してほしい。

小川直之(國學院大學教授)
    啄木には,現代性がある。日本近代における「故郷」の意識が強い。
    この時期,「家」から「家庭」への流れがあった。

    好きな啄木の歌=近代短歌の軽みがおもしろい。
     草に臥て
     おもふことなし
     わが額に糞して鳥は空に遊べり
                           ※(ルビ)臥て:ねて,額:ぬか  一握の砂「我を愛する歌」より

柏崎驍二(岩手県歌人クラブ会長)(注:元高校教諭,短歌甲子園審査員の1人)
    啄木は,短歌を「生活の場」に引き下ろした。日常の言葉に近づけようとした。
    (その点ですばらしい)
    近代短歌においては,自分の生活を詠んでいない。生活感がない。

好きな啄木の歌
     汽車の窓
     はるかに北にふるさとの山見え来れば
     襟を正すも

                一握の砂「煙」二より

昆明男(劇作家・歌人)
     寺山修司は短歌から演劇の世界へ行き「天井桟敷」を作った。
     モノローグからダイアローグへと変わっていった。

好きな啄木の歌=色彩感がすばらしい
     函館の青柳町こそかなしけれ
     友の恋歌
     矢ぐるまの花

                            一握の砂「忘れがたき人人」一より

澤口たまみ(エッセイスト)
「一握の砂」刊行時に宮沢賢治(1896年~1933年)は盛岡中学二年生のはずで,先輩石川啄木の出した「一握の砂」は、どのようにしてか読んだに違いない。そして強い影響を受けたはずで,このころから3行又は4行書きの短歌の創作を始めている。
ただ,啄木と賢治はその表現方法に大きな違いがあり,例えば「黄色の花」を詠む場合に、啄木は「名も知らず」と詠むが賢治は学名を使ったりする。賢治の作品はそういう意味でわかる人が読むと良くわかるということが多い。そのため多くの謎があり、いまだに謎ときの楽しみがある。

 好きな啄木の歌
      こころよく
      我にはたらく仕事あれ
      それを仕遂げて死なむと思ふ

                     ※ (ルビ)仕遂げ:しとげ   一握の砂「我を愛する歌」より

(cf)澤口たまみ(出典:PHP人名事典)http://www.php.co.jp/fun/people/person.php?name=%DF%B7%B8%FD%A4%BF%A4%DE%A4%DF)
1960年、岩手県盛岡市に生まれる。1982年、岩手大学農学部を卒業。専攻は応用昆虫学。1983年より4年間、岩手県立博物館で展示解説員を務める。1987年、岩手大学農学研究科に戻り、1989年に修士課程を修了する。1985年ごろより、自然をテーマにした文章を書いたり、子どもたちを対象にした自然観察会を開いたりするようになる。1990年、エッセイ集『虫のつぶやき聞こえたよ』(白水社)で、第38回日本エッセイストクラブ賞を受賞する。以後、文筆業に専念。2男の母。岩手県紫波町在住。
著書に、『わたしのあかちゃん』(福音館書店)『それぞれの賢治』(世界文化社)『昆虫楽園』(山と渓谷社)など多数。
注:自然観察会:松園自然観察園の観察会を開催したりし保存運動に係わっている。

山本玲子(啄木記念館学芸員)
 佐々木喜善の友達の日記によると、東京で佐々木喜善はしばしば啄木を訪ねており、よく故郷の話をしていたらしい。同時期に佐々木喜善は柳田國男のもともしばしば訪ねており、「遠野物語」もこの頃発刊されたことを考えると、佐々木喜善が啄木と柳田に本の刊行を勧めていたのではないかと想像される。(注:根拠はなく全くの山本氏の想像と思われる)
 啄木は庶民の目線から歌を詠んでおり,啄木の研究は人間研究であり面白い。

 好きな啄木の歌
      いのちなき砂のかなしさよ
      さらさらと
      握れば指のあひだより落つ




(※文中の注は私が付けたものです。)


私の感想
岡野氏は正統派であるだけに前衛短歌に対して厳しい見方をしている。ただ現代短歌においては,前衛短歌は避けて通れない部分でもあり全面的に否定はできない。
しかし短歌の持つ独特の韻律はわれわれの体に染み付いている何かでもある。ただし,これも最近の若い歌人又は歌を目指す人には通じなくなっているところもある。あるネット上の短歌の発表等の場で,「短歌には五七五七七の自然に備わった独特の韻律がある。これを無視するわけにはいかない」との発言に「全くわからい。どういうことか?」という発言があったりする。韻律は言葉ではうまく説明できないもので,いくら理論で言ってもわからないことは多い。
然るに,短歌は五七五七七の音数だけが唯一の決めごとであり,これを全く無視した場合はそれは短歌ではないのであり,別の発表の場を求めるべきであると思う。
やっかいなのが,あえて数をはずしているものであるが,これは定型あっての「はずし」であり,それは「定型」の力を借りていることにほかならない。
前衛短歌については,勉強不足ではっきりしたことは言えないが,やはり「定型」の力を使っているにちがいない。又「上の句」と「下の句」が無関係に見えるものがあり,非常に難解だったりする。誰かがどこかで言っていたが,「上の句」から「下の句」へ香って繋がるくらいが一番良いのではないかと思うし,平明さも重要な要素であろう。その点で啄木はたしかに柏崎氏の言うように「日常の言葉」でわかりやすく短歌を詠った意味ですばらしいといえよう。

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小倉るい

Author:小倉るい
・10月3日生まれ  天秤座 O型
・啄木のふるさとに住んでいます。

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